侮蔑の眼差しが意味するもの

最近のスピリチュアルビジネスはパターン化されており、まずカリスマ性を持ったリーダーが、ブログ等でスピリチュアルに関する情報を発信することから始まっているようです。そしてそのブログに関心を持ったり、読んでファンになったりした人が、セミナーや物販に通うようになり、出版も含めて徐々にマネタイズしていくというようなパターンが一般的になってきていると言えるでしょう。確かにこのパターンは危険性を孕んでおり、専門家も批判らしい批判を展開しているようです。しかしそれ以外のネットユーザーは取り合うというよりも、ひたすら馬鹿にして終わることが多いようです。例えばスピリチュアル業界のリーダーは、しばしば槍玉に挙げられ、本名や結婚の有無、年齢といった個人情報などが晒されている場合もあるようです。もちろん彼らを罵倒するようなブログ、SNSも賑わいを見せているようです。こうした「罵倒、嘲笑」の目的は一体どこにあるのでしょうか。本人たちは注意喚起であると強弁しているようですが、それならば専門家のように真面目に批判すれば済むはずではないでしょうか。敢えて侮蔑してみせることの目的というのが、実は他にあるのではないでしょうか。確かにスピリチュアル業界の発信する情報の中には荒唐無稽なものも含まれている場合もあり、それらは批判されて然るべきかもしれません。しかし批判する時は、きちんと事実関係を踏まえた上で、ロジックで論難しなければなりません。言ってもいないことを付け加えたり、過激な部分だけを切り取ったり、単に馬鹿にすることが目的となったりしては、本来掲げるべき目的、すなわち「騙されないための警鐘」が、上手く機能しなくなってしまうのではないでしょうか。というのも、馬鹿にされた方の心理としては、ますます意固地になり、スピリチュアルにしがみつくようになる可能性が否定できないと言えるからです。